自己啓発セミナー対策ガイド
 ▲トップ - 更新履歴 - 引用・リンク時の注意 - 掲示板利用上の注意 - 運営者宛メール
はじめに 自己啓発セミナーとは 体験記・インタビュー 現場一遍 イベント・カレンダー
業界ニュース セミナー団体カルテ リンク集 掲示板 資料集 エッセイ・評論

■URLが変わりました。トップページの新URLは http://www.geocities.jp/seminar_spirit/ です■

Google WWW を検索 www.geocities.co.jp を検索
▼エッセイ・評論
■セミナーNOW 2004
▼ラヒーム氏寄稿
セミナーと性
セミナーの社会的意義
セミナーの是非について

セミナーと性 寄稿/ラヒーム(社会学者) 1999/02/24

 自己啓発セミナー批判においてよく聞かれるのが、「セミナー実習中に性的行為が行われたらしい」とか「セミナーのトレーナーやアシスタントが受講生に手を出した」といったことである。
 セミナー取材過程では、「西日本のあるセミナー会社は、発足当初主宰者とスタッフたちがフリーセックス状態だった」という噂も聞いた。しかし、いろいろな関係者に質問を試みたが、ついに裏は取れずじまいだった。
 しかしH社は、ある時期には性的実習があったという複数の証言がある。また同社は、男性スタッフによる女性受講者の「性的搾取」の問題もある掲示板で語られた。
 こうしたことをどう考えれば良いのか。
 セミナーに限らず、「親密さの開示」をどこかで利用しようとするとき、そこでの人間関係はすべてプライベートに親しくなってしまう可能性を秘めている。クライエントがカウンセラーに恋心を抱いてしまう、カウンセラーがクライエントに「仕事」以上に接近しようとしてしまうことは、フロイトの時代から知られていた。彼はそれを「転移」「逆転移」として概念化さえした。  「秘密の共有」は自己啓発セミナーのよくある実習であるが、個人の内面を開示することは、感情的にひとを揺さぶる方法のひとつである。普段我々は「表向き」の顔をして、いわば格好をつけて生きている。それをいったんなくし、子供のように素直に自己表現させようとするようなところがセミナーにはある。限られたメンバーのあいだで自分の秘密を打ち明けることは、その場で束の間の感情的連帯感を生むのに有効なのであろう。

 しかしそこで生まれた親しさは、確かに性的な関係へ移行してしまう可能性を秘めている。さらに問題なのは、セミナーでは、セミナー中だけであるにせよ、世の規範をいったん留保して、自己を解放しようとするような志向がある。私はフロイトの支持者では決してないが、性的な規範というのは、社会的な拘束の最たるものであるとは言えるかもしれない。「社会の規範に拘束されて何も好きなことができなかった私」に「思い切っていままでできなかったことに何でもチャレンジしてみよう」というメッセージを投げかけたとき、それが「性の規範」の「解放」であっても不思議ではない。
 コミュニケーション等の訓練を密室で繰り返し、自己のカラを突き破って新たな人格になろうとする集団。そして通常では考えられない親密さ。たとえていうならそれは「やけに男女間で仲の良い劇団」に似たところがある。劇団もまた、フリーセックス状態だなどと(相対的に)言われやすい集団ではある。

 もちろん、性的なことをおこなうセミナー会社が多いとは言わない。たいていの場合は、人との距離の取り方、敬語の使い方など、セミナー実施中も、あんがい外の社会で培われたものによって支えられている部分は大きい。
 また性的逸脱には個人差も大きいだろうことは予想されうる。また、セミナーに出たとしても、もしあなたがもともとナンパできないタイプであるならば、ナンパできるタイプに生まれ変わるという可能性は少ないだろう。
 教師と個人、教祖と信者、ロック歌手とファン、カウンセラーとクライエント、大統領と研修生(!)など、立場の上下があるとき、そしてそこに何らかの「カリスマ性」が加わるとき、性的濫用の可能性は同様にある。